最初の転職(28歳、妻子あり)の思い出

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    最初の転職は、とにかく辛かったのを覚えています。

    大学を卒業して、大手企業の子会社へ就職したのですが、その年にバブルが崩壊。

    問題が発生しましたら会社も仕事も辞めたいがおススメです。

    入社後半年で、会社は完璧に手の平を返し、いわゆる「リストラ」を始めました。

    わからないことがあしましたら給料が足りないへ行ってみましょう。

    遅刻が多い、休みが多いなど、勤怠が悪い人はそれを理由に本社に呼び出され、ほとんど嫌がらせの様な事をされた模様です。

    自分の場合、特にネタが無かった模様で、作文を書いて持って来い、と部長に言われました。

    テーマは、「技術力と非技術力(コミュニケーション能力など)、どちらが大事か?」で、どちらも大事に決まっています。

    しかし、そいう言うと「お前は判っていない」と怒鳴られ、「結局、どっちだと書いても同じ事になるんだろうな」と思いながら作文を書いて持って行き、案の定、「お前は判っていない」と怒鳴られました。

    この時点で、もう、そんな会社に居ても仕方が無いと覚悟を決め、転職を決意しました。

    何かありましたら仕事が向いてないはどうでしょうか?が・・・。

    メーカー系のSEを、たった3年やったところで、不景気の世の中に、取ってくれる会社はありません。

    東京都内だけでなく、日野や、埼玉の上尾の方まで面接に行きましたが、どこも不採用でした。

    妻も子も居て無職というのは、精神的に物凄く辛いものがありました。

    今の様に、PCも持っていなかったので、手書きで何十通も履歴書を書いて応募しましたが、結局、3ヶ月間、1件の採用もなし。

    他の業界へ転職しようか、いや、ひとまず何でもいいからアルバイトを・・・と思いかけた頃、ダメもとで面接に行った会社から採用の連絡が来ました。

    なんと、前の職場から、歩いて5分の所にある会社でした。

    ちなみに、その会社は当時では珍しい、UNIX W.Sでの開発を専用に行っている会社で、ここで現在まで通用する基礎的な技術力を私は得る事になります。

    逆に、クビにならずに最初の会社に残っていたら、今頃はきっと、この業界では飯が食えなくなっていたと思います。

    本当に辛く苦しい時期でしたが、あれはピンチではなく、自分にとっては人生最大のチャンスだったのだと、今は思っています。


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